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浦和地方裁判所 昭和62年(ワ)160号 判決 1989年5月26日

原告

丸山千枝子

ほか三名

被告

坂井昭一

ほか一名

主文

一  被告坂井昭一は、原告坂下義雄に対し金六一五万〇四八〇円、その余の原告三名それぞれに対し各金四一一万〇三五九円、及び右各金員に対する昭和六一年二月一九日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らの被告坂井昭一に対するその余の各請求及び被告神山農業協同組合に対する各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らと被告坂井昭一との間では、その二分の一を同被告の、残余の一を原告らの各負担とし、原告らと被告神山農業協同組合との間では全部原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

以下においては、当事者の表示については、「原告千枝子」、「原告阿部」、「被告神山農協」のように略称を用いる。

第一  申立て

一  原告ら

1  被告らは、各自、原告坂下に対し一五九二万一〇五一円、その余の原告らそれぞれに対し各九三六万六二〇二円、及び右各金員に対する昭和六一年二月一九日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  被告ら

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二  主張

一  請求の原因

1  本件交通事故の発生

訴外阿部フミ(以下「亡フミ」という。)、同阿部弘(以下「亡弘」という。)の両名は、昭和六一年二月一九日午後一〇時四五分ころ、新潟県豊栄市日新町二丁目一三番五号地先道路を歩行中、対向してきた被告坂井運転の自家用普通貨物自動車・新潟四〇フ六六五七(以下「本件加害車両」という。)に衝突され、亡弘は跳ばされて即死し、亡フミは収容された新発田市内の病院で同夜一一時五八分に死亡した。

2  被告坂井の過失

被告坂井は、自動車運転者として走行中前方左右の注視義務を負つているものであるところ、右事故に際しては、道路前方の豊栄駅前交差点の信号が青表示であることに気を取られ、早くその交差点を通過しようとして前方注視を怠つて走行したため、歩行中の右被害者らに衝突したものである。

3  損害

(一) 亡フミの損害

(1) 慰藉料 一五〇〇万円

(2) 逸失利益

亡フミは、大正一〇年三月二〇日生まれ(本件事故当時六四歳)であり、同女については、本件事故当時収入を得ていたことの資料がないので、家事従事者と同様に取り扱うこととし、賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業計、学歴計、女子労働者の平均賃金額二一八万七九〇〇円を基礎とし、そのうち生活費として控除すべき割合を四〇パーセント、就労可能年数を六四歳の女性の平均余命一九・五五年の二分の一の九年とし、ライプニツツ方式(係数七・一〇八)により中間利息を控除して逸失利益の現価を算定すると、九三三万〇九五五円となる。

(二) 亡弘の損害

(1) 慰藉料 一五〇〇万円

(2) 逸失利益

亡弘は、昭和二七年三月二六日生まれ(本件事故当時三三歳)であるところ、同人については、本件事故当時の収入について資料がないので、賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業計、学歴計男子労働者の平均賃金額四〇七万六八〇〇円を基礎とし、生活費として控除すべき割合を四〇パーセント、就労可能年数を三三年とし、ライプニツツ方式(係数一六・〇〇三)により中間利息を控除して逸失利益の現価を算定すると、三九一五万四四〇二円となる。

(三) 相続関係

亡弘の相続人は、父である原告坂下、母である亡フミの両名であるから、右(二)の亡弘の損害賠償債権(合計五四一五万四四〇二円)は右両名が相続により二分の一(二七〇七万七二〇一円)ずつ承継した。

亡フミの相続人は、長女である原告千枝子、二女である原告ミツ子、二男である原告阿部の三名である(長男は亡弘。夫である原告坂下とは昭和三六年に離婚。)から、右(一)の亡フミの損害賠償債権(合計二四三三万〇九五五円)及び右のとおり同女が亡弘の損害賠償債権を二分の一あて承継した分(二七〇七万七二〇一円)は右原告三名が相続により三分の一(一七一三万六〇五二円)ずつ承継した。

(四) 葬儀費用分

原告らは、亡フミ及び亡弘の各葬儀費用各九〇万円の負担を余儀なくされ、本件交通事故による損害を被つた。負担関係は、亡フミの分は原告坂下を除く原告三名において三〇万円ずつ、亡弘の分は原告坂下において四五万円、その余の原告らにおいて一五万円ずつである。

(五) (入金分)

原告らは、既に訴外大正海上火災保険株式会社から、本件交通事故による自賠責保険金として、亡フミ分につき一三〇五万三四〇〇円、亡弘分につき二三二一万二三〇〇円の支払を受け、前記相続分に応じて取得した。

4  被告神山農協の債務

(一) 被告坂井と同神山農協との自動車共済契約

被告坂井は、昭和六〇年一〇月四日、被告神山農協との間において、次の内容の自動車共済契約(以下「本件共済契約」という。)を締結し、掛金合計四万六三〇〇円を支払つた。

(1) 共済期間 昭和六〇年一〇月四日午後四時から昭和六一年一〇月四日午後四時まで。

(2) 自動車(共済の目的) 自家用小型乗用車・新潟五五せ三一三六(以下「本件契約車」という。)

(3) 対人賠償金額(一名につき) 一億円

(4) 被告神山農協は、同坂井が右期間中に本件契約車により人身事故を起こし、損害賠償義務を負うに至つたときは、同坂井に対し、右(3)の限度内で右損害賠償金を共済金として支払う。

(二) 被告坂井は、昭和六〇年一二月四日ころ、本件契約車を買い替えて本件加害車両を保有するに至つたので、被告坂井が本件加害車両についても本件共済契約に基づく共済金の支払を受けるためには、右契約に係る約款の定めのうえでは、車両入替承認手続を執らなければならないところ、被告坂井は、その手続を執るのを怠つていた。

しかしながら、被告神山農協はなお被告坂井に対し、本件交通事故に基づく原告らの前記損害相当額の共済金を支払うべきである。その理由は、「原告らの補充主張」と題する別紙のとおりである。

5  よつて、原告らは、被告坂井に対しては民法七〇九条の規定に基づき、被告神山農協に対しては同坂井に対する債権を保全するため同坂井に代位して本件共済契約に基づき、それぞれ前記3の(三)のとおり各承継した債権額から同(五)による各取得分を控除した請求の趣旨(第一の一の1)記載の各金員及びそれぞれに対する本件交通事故発生の日である昭和六一年二月一九日以降各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  被告坂井の認否

1  請求の原因1、2の各事実はいずれも認める。

2  同3の(一)(二)(四)の各事実は否認する。

亡フミは、高血圧と腰の疾病のため、長らく通院して治療を受けていたものであり、たまに家政婦の仕事に従事していたぐらいであるから、同女が原告ら主張のような利益を得る蓋然性はない。

また、亡弘は、本件事故の五、六年前から定職がなく、たまにアルバイトとして働いていた程度であるから、同人が将来原告ら主張のような利益を得る蓋然性はない。

3  同3の(三)の事実は不知、同じく(五)の事実は認める。

三  なお、被告坂井は、適式の呼出しを受けながら本件各口頭弁論期日に出頭しなかつた。同被告の前記申立て及び認否は、陳述したものとみなされた答弁書の記載によるものである。

四  被告神山農協の認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実は知らない。

3  同3の(一)、(二)、(四)は争う。

4  同3の(三)(損害額の点を除く。)、(五)の各事実は、いずれも認める。

5  同4の(一)、(二)前段の各事実は、いずれも認める。

6  同4の(二)後段の主張は争う。その点についての被告神山農協の主張は「被告神山農協の補充主張」と題する別紙のとおりである。

第三  証拠関係は、本件記録中の各証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求の原因1の事実(本件交通事故の発生)は、各当事者間において争いがない。

同2の事実(被告坂井の過失)は、原告と被告坂井との間においては争いがなく、原告と被告神山農協との間においては弁論の全趣旨によりこれを認める。

二  同3(損害)について検討する。

1  原告阿部本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件事故当時、亡フミ(大正一〇年三月生まれ)は六四歳、亡弘(昭和二七年三月生まれ)は三三歳で、いずれも原告阿部(亡フミの二男、亡弘の弟)と共に新潟県新発田市に居住していたこと、亡フミは、時には家政婦として収入を得ることもあつたが、高血圧症で折々病院に通わなければならない状況であつたこと、亡弘は、独身であり、時には名古屋方面に働きに出ることもあつたが、本件事故の前一箇月ぐらいは何も仕事をしていなかつたこと、亡弘がそのように就労していなかつた理由は、当時同人と同居していた原告阿部においても分からないままであつたこと、亡弘は幼いころ心臓が悪かつたこと、以上の事実が認められる。原告本人の供述中、亡フミは週に三日ぐらい働き、一日七〇〇〇円ぐらいの収入を得ていた旨、また、亡弘は季節労働者として継続して働きに出かけ、一日八〇〇〇円ぐらいの収入を得ていた旨の各供述部分は、いずれも、ほかに裏付け資料がなく、にわかに信用し難い。同人らがそれぞれどの程度働き、どの程度の収入を得ていたかについての認定資料はない。

2  右事実関係のほか、前記のとおり当事者間に争いのない請求の原因1掲記の本件交通事故の態様等にかんがみると、亡フミ、亡弘の両名がそれぞれ本件交通事故により取得すべき慰藉料は、原告ら主張のとおり各一五〇〇万円とするのが相当である。

3  亡フミ、亡弘両名の本件交通事故による逸失利益については、右1の認定事実のほか、これを算定するのに必要な特段の事実関係については何ら主張立証がないので、次の限度において肯認するのを相当とする。

(一)  亡フミについては、昭和六一年簡易生命表によれば、六四歳の女性の平均余命は二〇・一四年であるが、有所得就労可能期間を三年とし、賃金センサス昭和六一年第一巻第一表産業計、企業規模計、女子労働者、小学・新中卒、六〇ないし六四歳の平均年収額一九三万二六〇〇円(<1>)を基礎とし、生活費として控除すべき割合を三〇パーセントとし、ライプニツツ方式(係数二・七二三二((<2>)))により中間利息を控除して逸失利益の現価を三六八万三九九九円と算定する(<1>×〇・七×<2>)。

(二)  亡弘については、前同生命表によれば、三三歳の男性の平均余命は四三・六七年であるが、有所得就労可能期間を六〇歳までの二七年とし、前同賃金センサス男子労働者、旧中・新高卒、三〇ないし三四歳の平均年収額三九二万四五〇〇円の七〇パーセントに相当する二七四万七一五〇円(<1>)を基礎とし、生活費控除五〇パーセント、前同方式(係数一四・六四三((<2>)))により中間利息を控除して逸失利益を二〇一一万三二五九円と算定する(<1>×〇・五×<2>)。

4  請求の原因3(三)の事実(相続関係。ただし、損害額の点を除く。)は、原告と被告神山農協との間においては争いがなく、原告と被告坂井との間においては弁論の全趣旨によりこれを認める。

5  弁論の全趣旨によれば、原告らは、亡フミ及び亡弘の各葬儀費用の負担を余儀なくされたが、本件交通事故と相当因果関係のある損害と目し得る分は、亡フミの分は原告坂下を除く原告三名において一五万円ずつ、亡弘の分は原告坂下において二〇万円、その余の原告三名において一〇万円ずつと認められる。

6  同3(五)の事実(入金)は、各当事者間に争いがない。

三  以上の事実関係によれば、被告坂井は、原告らに対し、民法七〇九条の規定により本件交通事故による損害を賠償すべきであるが、その額は次のとおりである。

1  亡フミの分

原告坂下を除く原告ら三名に対し、右二の2の一五〇〇万円と同3(一)の三六八万三九九九円の合計額一八六八万三九九九円から入金分一三〇五万三四〇〇円を控除した五六三万〇五九九円の三分の一に相当する一八七万六八六六円ずつに同5の亡フミ分一五万円ずつを加算した二〇二万六八六六円ずつ。

2  亡弘の分

原告坂下に対し、右二の2の一五〇〇万円と同3(二)の二〇一一万三二五九円の合計額三五一一万三二五九円から入金分二三二一万二三〇〇円を控除した一一九〇万〇九五九円の二分の一に相当する五九五万〇四八〇円に同5の亡弘分のうち二〇万円を加算した六一五万〇四八〇円、その余の原告三名に対し、右一一九〇万〇九五九円の残余の二分の一(亡フミの所得分)の三分の一に相当する一九八万三四九三円ずつに同5の亡弘分のうち一〇万円ずつを加算した二〇八万三四九三円ずつ。

3  したがつて、原告坂下に対しては前記六一五万〇四八〇円、その余の原告三名に対してはそれぞれ右1の二〇二万六八六六円と右2の二〇八万三四九三円を合算した四一一万〇三五九円ずつ。

四  請求の原因4の(一)(本件共済契約の成立)及び(二)の前段(本件共済契約の目的車両の買替えと車両入替承認手続のけ怠)の各事実は、原告らの被告神山農協との間において争いがない。

右(二)前段の事実関係によれば、同後段の原告らの主張(別紙「原告らの補充主張」を含む。)を参酌し、検討しても、被告神山農協は、本件契約車と異なる本件加害車両による本件交通事故について、被告坂井に対し本件共済契約に基づく共済金支払義務を負ういわれはないものといわねばならない。この点についての原告らの主張は、独自の見解によるものであつて理由がなく、採用することができない(大阪高裁昭和六二年一〇月三〇日判決・判例時報一二七八号一三九ページ参照)。

五  以上の次第で、原告らの本訴各請求は、被告坂井に対し、民法七〇九条の規定に基づく損害賠償として、それぞれ前記三の3の各金員及び右各金員に対する本件交通事故(被告坂井の不法行為)の日である昭和六一年二月一九日以降各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度において理由があり認容すべきであるが、被告坂井に対するその余の各請求及び被告神山農協に対する各請求は理由がなく、いずれも棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥平守男)

原告らの補充主張

一 車両入替手続は、車両入替を選択したときは、入替後一ケ月以内になされなければならないが、この期間制限自体極めて短期間であり、現在の自動車売買の頻繁さ及び交通事故の多発状況から鑑みると到底合理的な期間制限とはいえない。

二 車両入替手続を必要とするのは、つまるところ車両を特定することにより、入替後の新自動車による危険の増加に対する保険料額(共済掛金)算定の資料とするに過ぎない。

本件では、旧自動車三菱ミラージユから新自動車スバルレツクスコンビに買い替えたのであるが、右はいずれも自家用小型乗用車であり、危険が増加する場合ではない。

三 被告坂井は、昭和六〇年一一月二七日、訴外長井自動車販売に対し、旧自動車を下取りに出したうえで新自動車を購入しているのであるから、共済契約期間中は常に一台の車両しか保有していなかつたことは明白である。

四 車両入替請求のあつたときの承認については、入替期間を徒過したとしても、通常の扱いであれば、被告坂井が徒過した一ケ月半程度であれば入替を承認する場合であり、また、昭和五九年六月二一日にも、被告坂井はダイハツシヤレードから三菱ミラージユに下取りのうえ、車両入替を、期限を徒過後に行つて承認されており、従つて、もし被告坂井が入替手続をしていれば当然承認があつた場合である。また、不承認の理由はない。

五 被告坂井は事故の発生する四ケ月前に一年分の共済掛金一括して支払つており、客観的に見て、被告坂井に車両入替手続を請求する意志はあつたというべきである。

六 以上を前提とすれば、本件事故時において車両入替期間徒過後未だ一ケ月半しか経つていないのであるから、新自動車を目的とした被告坂井と被告神山農協との間に自動車共済契約が存在していたとみなすべきである。

以上

被告神山農協の補充主張

一 (自動車共済契約は特定の自動車を共済の目的とする契約である)

1 自動車共済契約は、本来、商法第一〇章保険第一節損害保険(いわゆる物保険)をモデルとして作られたもので、特定の自動車に対する損害共済であつて、特定の自動車を被共済自動車として組合と共済契約者との間に締結される契約である。その主たる内容は被共済自動車について生じた損害をてん補する車両共済及び被共済自動車による事故のため損害賠償義務を負つたことによつて生じた損害をてん補する責任共済であるが、いずれの場合も共済の目的になるのは特定の自動車である。契約者が所有する自動車であればどれでも共済の目的になるということではない。

したがつて、被共済自動車の変更は共済契約自体の変更に異ならないから、共済契約者が自動車を買換えてもそれだけでは新自動車が共済の目的になることはない。共済契約者からする車両入替の申込みとこれに対する組合の承認があつて初めて新自動車を被共済自動車とする共済契約が成立するのである。

2 自動車共済約款は、右の理を前提として共済契約者が共済期間中に自動車を買換えた場合などのために特則として車両入替契約条項を設けている。

すなわち自動車共済約款特則車両入替契約条項一条は車両入替契約の締結について一項において「共済契約者は、被共済自動車を譲渡又は廃車した場合に、共済契約を解除し、同時に共済契約(以下「解除契約」といいます。)の共済証書を組合に提出し、組合が定めた手続により、その旨の申込みをしたときは、解除契約の被共済自動車と車種及び用途を同一とする自動車(以下「入替自動車」といいます。)を被共済自動車とし、解除契約のその解除の時における未経過共済期間とし、解除契約の共済金額(免責金額および搭乗者傷害特約の共済金額を含みます。)と同一の額を共済金額とする共済契約(以下「車両入替契約」といいます。)を解除契約に継続して締結することができます。」とし、五項、七項において、「組合は、第一項の申込みがあつたときは、組合が定めたところにより、その申込みを承諾するかどうかを決定し、その申込みの日から二週間以内にその諾否を共済契約者に通知し」「申込みを承諾したときは、車両入替契約は、解除契約の解除の時において成立したものとみなし、組合は、その時から共済契約上の責任を負います。」と定めている。

3 原告らの主張は、右のとおり、自動車共済契約が特定の自動車を共済の目的としていることに明らかに反するものである。

二 (車両入替契約条項の自動適用は共済契約者保護のために設けられた恩恵的制度である)

1 自動車共済契約における車両入替の制度は、次のとおり共済契約者の保護を図るため順次制定改正されてきた。

(一) 自動車共済事業は、昭和三八年一一月一日に開始されたが、当初の自動車共済約款においては車両入替の制度はなく、共済期間中に自動車の買換えがあつた場合、旧自動車の共済契約は原則として消滅し、新自動車の共済契約は別途締結されるべきことになつていた。

(二) 昭和四三年四月一日の改正で、車両入替制度を設け、共済期間中に車両入替をした場合には、それによつて消滅した共済契約のその消滅の時における未経過共済期間を共済期間とする新たな共済契約をその消滅した共済契約に継続して締結できるようにし、実質的には共済契約をそのまま継続させたと変らない効果をもたせることとなつた。

これによつて、共済契約者は、簡単な手続で契約を継続させるとともに無事故割引の権利を承継できることとなつたのである。

(三) そして昭和五四年四月一日の改正で現行の約款となり、車両入替契約条項二条一項で「組合は、被共済自動車が自家用自動車(道路運送法第二条第二号の自動車運送事業の用に供される自動車以外の自動車をいいます。)であつてその自動車の所有者がその譲渡もしくは廃車前一か月以内にまたは譲渡もしくは廃車後に入替自動車をあらたに取得した(一年以上を期間とする貸借契約によつて借り入れた場合を含みます。以下同じ。)ときは、その譲渡または廃車時(その時以後に入替自動車を取得したときは、取得した時。以下同じ。)から一か月以内に共済契約者から、その入替自動車について、前条(車両入替契約の締結)第一項の申込みがされ、組合がその申込みを承諾したときは、車両入替契約は、同条第七項の規定にかかわらず、その譲渡しまたは廃車した時に成立したものとみなし、その時からその効力を生じます。」として車両入替契約条項の自動適用制度を新設した。

車両入替の場合、共済契約が締結されていない新自動車について生じた事故であつても入替後一か月以内であれば事故後に契約を締結して遡及的に共済金支払いの対象とすることができることにしたのである。

2 右車両入替条項の自動適用制度は、商法六四二条が「保険契約ノ当時当事者ノ一方又ハ被保険者カ事故ノ…既ニ生シタルコトヲ知レルトキハ其契約ハ無効トス」(いわゆるアフターロスを担保しない原則)を定めて事故後(アフターロス)の契約の効力を否定している原則に対する特則をなしている。即ち車両入替後直ちに車両入替契約を締結しなかつた共済契約者を保護するため、商法の原則を緩和して一か月という短期間に限り例外的に契約の遡及的効力を認めたのである。

3 右約款の制定・改正の経緯からも明らかなとおり、自動車共済契約は、特定の自動車を共済の目的としているので、共済契約者が、自動車の買換えなどの場合に新自動車を共済の目的とするためには既存の共済契約とは別に全く新しい契約を結ばなければならなかつた。そこでその煩雑さ、あるいは不利益を回避するため車両入替の制度が設けられ、さらには、共済契約者が契約の保護をより一層受け易くするため入替後一か月以内に限つて自動適用されることになつたのである。このように車両入替の制度は共済契約の原則に対する例外的措置として、一か月間という短期間に限つて共済契約者のために恩恵的に設けられたものである。

したがつて共済契約者が車両入替手続を怠つている間に事故を起こし、それが入替後一か月を経過していた場合には、自己の怠慢によつて右恩恵に浴する機会を失つたのであるから、共済契約の保護を受けられなくなるのは理の当然である。

4 原告らは車両入替契約条項が無効である旨主張するが、これは右条項が、共済契約者の利益のために例外的かつ恩恵的に設けられたものであることを看過した議論である。

三 (車両入替の手続を不要とした場合の弊害)

1 原告らが主張するように自動車共済契約において、自動車の入替えがあつた場合何らの手続を要することなく新規の自動車について適用されるとなると、共済契約上は被共済自動車が特定されず、少なくとも共済者にとつて被共済自動車が不明ということになるので弊害を生じることが予想される。

例えば、共済契約者が新たに複数の自動車を所有し、そのうち事故が起きた自動車を入替自動車に指定することにより、事実上一個の共済契約で複数の自動車を共済の目的とすることが可能になる。約款上、かかる場合を共済の保護の対象から除外するにしても、右制度が悪用されたときには、共済契約者が事故車の他に自動車を所有していることを共済者側において証明することは必ずしも容易ではない。

これに対し、現行約款のように、車両入替後遅くとも一か月以内には車両入替手続をして被共済自動車を特定することを定めていれば、右のような悪用のおそれはほとんどない。

2 原告らは、車両入替手続について期間を限る合理性がない旨主張するが、右のように期間を制限しない場合の弊害が予想され、加えて前記二のとおり、自動適用制度が共済契約者のための例外的、かつ、恩恵的制度であることから考えても一か月の期間制度が不合理といえないことは明らかである。

四 (被告坂井は車両入替の手続を知つていた)

1 原告らは、共済契約者は車両入替をした場合の手続について約款上どうなつているか知らず、被告坂井も例外ではない旨主張する。

2 しかしながら、車両入替の手続について共済約款の内容をよく知らない共済契約者の立場に立つて考えてみても、自動車共済証書に被共済自動車を記載し共済の目的である自動車を特定して契約を締結するから、自動車を買換えた場合には、あらためて共済契約の申込みをするのが通常である。したがつて、約款が車両入替の際の手続として、共済契約者の申込を要件として定めることは何ら不合理なことではないし、また、共済契約者に対し必要以上の義務を課すものでもない。

のみならず、共済契約者は約款の内容を知らなくても、それが共済契約の内容となることは承知して共済契約を締結しているはずである(大判大正四年一二月二四日民録二一輯二一八二頁参照)。

したがつて、車両入替手続についての約款の内容を知らないことは、右手続をしないことの弁解にならないことは明らかである。

3 加えて本件の場合、被告坂井は、以前、車両入替の手続をした経験があり自動車を買換えた場合にいかなる手続をすべきか十分に知つていたのである。

すなわち、被告坂井は、昭和五八年一〇月四日、被告組合との間に小型乗用自動車登録番号新潟五五み七五七七を被共済自動車として期間を同日から一年間とする自動車共済契約を締結した。そして、昭和五九年六月二一日ころ、訴外佐藤モータースにおいて右自動車を下取車として本件被共済自動車に買換え、同年一〇月二日被告組合との間に、本件被共済自動車を入替車両とする車両入替契約を締結した。

右車両入替契約は、車両入替の後、三か月以上経てから締結されたが、その際、被告坂井は、自動車を買換えた場合には、車両入替契約を締結すべきことそしてその申込は入替後一か月以内にしなければ、右申込以前の事故については共済金が支払われないことを知ることができた。

それにもかかわらず、被告坂井は、本件事故車両について被告組合に対し車両入替契約の申込をしなかつたのである。

したがつて本件事故車両に本件共済契約の効力が及ぶと解すべき特段の事情は全く存しないものというべきである。

以上

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